頭のおかしくなる映画『マザー!』の感想

こんにちは!けいぶーです。

今回のトピックは、ジェニファー・ローレンスが主演を務める、映画『マザー!』のあらすじ、感想をお伝えしたいと思います。ジェニファーローレンスって何歳になっても美しいですよね!(笑)


概要


郊外で穏やかな暮らしを送っていた夫婦の家に、謎の男が訪ねてきた。妻はその男に不信感を抱いていたが、夫は快く迎え入れた。その日から、夫婦の家には代わる代わる訪問者がやってくるようになった。「このままでは何か良からぬことが起こる」という妻の訴えを真剣に取り上げようとしない夫だったが、彼女の不安はやがて現実のものとなった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/マザー!


登場人物

ジェニファー・ローレンス – 母親(沢城みゆき

ハビエル・バルデム – 彼(大塚明夫

エド・ハリス – 男性(菅生隆之

ミシェル・ファイファー – 女性(高島雅羅

クリステン・ウィグ – 使者

ドーナル・グリーソン – 長男(中尾智

ブライアン・グリーソン英語版) – 弟(益山武明

ジョヴァン・アデポ英語版) – 召使い

スティーヴン・マクハティ – 熱狂者


https://ja.wikipedia.org/wiki/マザー!


あらすじ

物語のあらすじを順におっていくと、

  • 夫は前の妻を火事で家ごと失う。
  • 新しい妻(主人公)が詩人である夫の創作活動を支えながら家を修復する。
  • 知らない男(エド)が家に訪ねてくる
  • 知らない男の妻(ミシェル)も家に住み着く。
  • エドの息子が遺産相続の件で家に上がり込み、もめて兄が弟を殺す。
  • 弔いの場として、夫が家を提供し、弔いの場という名のパーティーが家で開かれる。
  • 人がごちゃ交ぜになり、妻の手に負えなくなり、不毛地帯と化した我が家は汚染される。
  • 妻は夫に子供が欲しいとねだり、子供を授かる。
  • 順調だったと思われた妊娠期間だったが、生まれる直前に夫が書き上げた詩についての取材やファンが家に殺到する。
  • またまた家が無法地帯となり、夫の信者みたいな人達が夫を崇め、家の中で宗教の対立のようなものが起き、暴動が起き、警察も介入し、銃撃戦が始まる。
  • やっとの思いで夫婦の寝室で二人っきりになり、赤ちゃんを出産する。
  • 妻は夫に家に押しかけている信者を追い出して欲しいと懇願するが、夫は全員に赦しを与えたいと言い、頑なに否定する。
  • 妻が寝るまでじっと待ち、信者が求めている赤ちゃんを信者に与える。
  • 信者は赤ちゃんに触れたくて信者の手の上で赤ちゃんが回っていく。
  • 赤ちゃんの首の骨が折れ、信者は落ち込んだと思いきや赤ちゃんを皆で食べ始める。
  • 妻はついに理性が崩壊し、無差別に信者を切りつける。
  • 妻が信者にリンチされ、夫がそれを助けに来るが、妻は油を浴びて家ごと焼却する。
  • 夫は死にかけの妻にまだ俺を愛しているかを聞き、最後に心臓からクリスタルを取り出し、家に新たな命を吹き込む。

といった内容です。かなりの胸糞なあらすじですね。見ているのがつらかったです。


感想


普通に見てはいけない理由


名前がない

物語の主人公はハビエルが務める「夫」、そしてジェニファーローレンスが務める「妻」。しかし本編を通して、2人の名前が明かされることはなく、エンドクレジットでも、夫は“彼”、妻は“マザー”と表記される(彼らが特定の人物ではなく、何かを象徴するメタファーであることを感じさせる設定なのだ)。

 

詩ができず苛立つ夫と、静かな幸せを築こうとする妻

物語は一人の客人を夫が招いたことから悲劇が始まります。家に多くの人達が集まり、暴力、窃盗、色欲、殺人など、様々な人間の罪が繰り広げられます。それでも妻は懸命に家を守ろうとする。夫は詩を書くためには刺激が必要だといい、妻の忠告には従わず、罪な客人を家に招いてしまいます。そして、ついには生まれたての赤ん坊まで群集に捧げ・・・。妻は夫が詩を書いて、静かな家でゆっくりとした時を夫と二人きりで過ごしたかっただけなのです。こんな物語を何も考えずに見ては精神がおかしくなってしまいます。そんな私も見ててただただストレスでした(笑)。

 

アロノフスキー監督がそこまでして伝えたい、強烈なメッセージとは一体? 人間心理を深堀するようなサイコ、恐るべき惨劇が繰り広げられるホラー、背筋がぞっとするようなサスペンス、男女関係の泥沼を描いたようなダークドラマと、あらゆる要素を含んでいるが、本当に伝えたいことは何なのでしょう? 見る人によって、十人十色の解釈があるタイプの作品です。

 

監督の伝えたかったこと

監督のインタビュー・コメントから明かされた本作のテーマは“地球環境問題”であった。ローレンス演じる“マザー”は“母なる地球”、バルデム演じる“彼”は“神”。本作が映し出しているのは、気候変動と環境破壊における人類の功罪なのだ、と。もちろん、そのほかにも、芸術と狂気、宗教と信者、セレブリティと世論、キャリアと家庭……など、さまざまな要素が突き刺さるため、批評家のなかには、「監督は気候変動についての映画だと言っているが、それは嘘だ」などと反論をする声もあるほどだ。

なんといってもこの作品に打ちのめされたのは批評家や観客だけではない、ジェニファーローレンスも「この役はもう二度とできない」と断言し、配給元のパラマウント・ピクチャーズは“問題作”を全米公開した理由について、異例の擁護コメントを出すにいたりました。

 私自身この映画を何も予備知識なしで見たがとてもつらかった。何度「もうやめてあげて欲しい」と思ったことか。でも地球環境問題であると知ると、すっと腑に落ちたのである。沢山の罪深い人間が表していたのは災害で、気候変動、自然災害、大気汚染、貧困、飢餓、etc。

人間の私利私欲によって招いた環境破壊。言葉を話せなくとも、あらゆる形を持って人類にメッセージを伝え続けるマザー。「もうやめて」という思いが地球の悲鳴だと分かった瞬間、どんなドキュメンタリー映画よりも心にリアルな痛みが届いたことは確かです。賛否両論がある映画だが、この問題に対して世間の批判を受けながらも、正面から考え闘ってくれたことに私は感謝したい。

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